世界の公共空間と公共性の意義

Public Space in the World and Significance of Public Spirit

アーバン・アドバンス,名古屋都市センター, No.12,pp.11−19,1998.12




1.1998年パリの夜と2002年東京の夜


この夏少し早めの休暇をとり,ワールドカップが開催されているフランスに行き,パリ近郊のサンドニでフランス―イタリアの試合を観戦してきた.接戦の末,開催国フランスがベスト4進出を決め,その夜パリの街は大いに盛り上がった.電車の中では見知らぬ者同士が手を取りあい皆で唄を歌い,車道ではクラクションを奏でる車が飛び交い,シャンゼリゼ通りでは大人から子供までが喜びに酔いしれ歓声をあげ,朝方まで歓びを分かち合っていた.その数日後フランスは見事世界一に輝き,パリの歓天喜地の様子は自宅のテレビを通して十分に伝わってきた.

代表チーム初出場で沸いた日本のW杯熱も一段落した9月某日,日本経済新聞の夕刊にフランスが優勝した夜について「喜び分かつ歌もなく」というタイトルで以下のような記事が掲載されていた.

「…日本には大通りに飛び出し唱歌する歌も,何十万人という人間が集まって喜びを分かち合う場所もないと思う.…2002年W杯に勝ったら,日本は銀座をちょうちん行列し,皇居前に集まってニッポン,チャチャチャと,がなるしかないのかな.」

サッカー日本代表の試合の時や横浜ベイスターズが優勝した時に,ファンが新宿の広場や横浜の商店街などに集まって喜んでいるのを見ると,自分たちで喜び分かち合う場を創るエネルギーを持っていることに少しは安心するのだが,やはり何か感動を分かち合いたい時に,市民が自然にどこからともなく集まってくるような都市の象徴となるような公共の場は是非とも欲しいものである.

海外から帰国した後に電車から見える日本の街の風景を見て,もう少し何とかならないものかと感じる人は多いかと思う.また景観だけでなく,公共の場での人と人とのコミュニケーションの仕方にも大きな違いがあるように思える.海外のホテルの廊下やエレベータで誰かと接すると必ずと言っていいほど笑みを浮かべ,簡単な挨拶をしてくれる.そういう対応に最初の頃は戸惑ったが,やがてその和やかな空気が心地よく感じられ,自分も率先して公共の場ではそのように振る舞うように心がけている.開放的なコミュニケーションを満喫して帰国した途端,妙に窮屈なものを感じることも多い.日本のホテルの廊下ですれ違った見ず知らずの人に笑みを浮かべても不気味がられるのが落ちであろう.最近は家族の中の「おはようございます」,「さようなら」など基本的な挨拶ですら,少なくなっているようである.

戦後の高度経済成長の中で日本は都市化が進み,地方から都市へと人が流れ,地域に根を張ったコミュニティが崩れると共に都市に住む人々の匿名性が一層強くなり,公共の場での人と人との関わり方が,かつて日本のあちこちで見られたものとは異なってきているようである.

本特集のテーマとなっている公共空間は,世の中を変える様々な可能性を秘めていると思う.景観問題や都市の象徴という空間的な側面にとどまらず,そこで過ごす人々の公共性は,現在進行している数々の社会問題と密接に関わっている.ここでは公共空間と公共性についての概論を述べていきたい.

本論文は4章で構成されている.2章では国内・海外の事例を取り上げ,公共空間という概念の多様性を見ていく.3章では日本とヨーロッパの公共空間・公共性に対する考え方の違いを気候・風土という側面から比較・検討し,4章で公共空間の社会的意義を示し,結びとしている.以上のような流れで公共空間と公共性について考えていきたい.


2.世界の公共空間事例


公共空間とは何を指すのだろう.公園,広場,道路,水辺などが最初に思い浮かぶが,役所のロビー,レストラン,電車の中なども含まれる.公共空間を厳密に定義することは可能かも知れない.しかし,例えば「みち」というものを考えても,そこが広ければ人は立ち話をするであろうし,一軒の屋台があれば,人が集まって賑わいの場がつくられる.そこは通路なのか,広場なのかというような議論は意味をなさなくなる.公共空間のある意味で目的的でない性格から,ここで公共空間を厳密に定義するのは控えたい.そのような前提のもと本章では,国内外の特徴的な公共空間をいくつか紹介する.

@アゴラ

古代ギリシャでは,アクロポリスと呼ばれる聖なる丘を中心とし,都市が形成されていった.神殿の立ち並ぶその聖なる空間に対して,丘の麓にはアゴラと呼ばれる俗なる空間が生まれ,公共の広場として栄えた.そこは市場となり様々な情報交換が行われ,またストアと呼ばれる列柱廊ではソクラテスら哲学者達が演説を行い,市民の集会場として使われた.

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Aカンピエロ

水の都ヴェネチアには,迷路のように入り組んだ街の所々にカンピエロと呼ばれる小さな広場がある.その使われ方も立地条件によって異なっており,教会前の憩いの場,オープンエアのレストラン,大道芸人による観光客の賑わいの場,カップルの隠処,ジプシーの子供たちの踊り場などなど,それぞれ個性的な性格を持っている.ヴェネチアの人々は昔からこの小さな広場で人と触れ合い,酒を飲み交わし,語り合ってきた.カンピエロはヴェネチアの人々にとって生活の重要な場として機能してきたのである.

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Bサンマルコ広場

ヴェネチアにはこのカンピエロの他にカンポという大きな広場があり,さらに大きなピアッツァと呼ばれる広場がある.特に有名なピアッツァはサンマルコ広場であろう.ヴェネチアという都市の象徴であり,サンマルコ寺院等の建物と運河に囲まれた大きな美しい広場では,その景観の美しさのみならず,都市での様々な活動が繰り広げられ,ヴェネチアの魅力を醸し出している.

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Cラ・ヴィレット公園

現在,パリでは21世紀に向けてグラン・プロジェと呼ばれる都市規模の大プロジェクトが進行中である.大きなブールヴァールを中心としたパリのバロック的都市計画は有名だが,その基礎は19世紀にナポレオン3世によって描かれ,セーヌ県知事オスマンの強力な決断力によって実施された.その計画を実現するにあたって,土地の買い上げ,住民撤去など多くの痛みを伴ったはずであるが,それらを断行することにより,確固たる都市構造が形成され,21世紀のヨーロッパの中心を目指すべく,新たな都市像を描き続けていられるのである.グラン・プロジェには新凱旋門,新オペラ座,オルせー美術館,ルーブルの増改築など多くのプロジェクトがあるが,ここではその中からいくつかを紹介する.

ラ・ヴィレット公園の計画はグラン・プロジェのひとつとして,パリ周辺部の食肉市場を現代の都市公園として再生するというものであった.国際コンペの結果,広大な敷地を面的要素(芝,水面等),線的要素(通路,ブリッジ等),点的要素(フォーリー)によって幾何学的に配置するというコンセプチャルなベルナール・チェミの案が採用された.休日などは若者がサッカーをし,賑わっている.

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Dポンピドゥー・センター

ポンピドゥー・センターはパリにおけるデザイン・アートの情報発信基地となっているが,建物完成当時は工場のような斬新なデザインから論議の的となった.商業施設のあるレ・アール広場にも近い建物前の広場は,常に画家や大道芸人が集まり,美術館主催のいろいろなイベントが繰り広げられている.

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Eパレ・ロワイヤル

パリ市はデザインとアートに溢れる都市を目指しており,新凱旋門,公園,小さな広場など,至る所で,アーティストによる公共空間を見ることが出来る.パレ・ロワイヤルではその周辺を活性化するためにビュランによってデザインされた縞模様の円柱を見ることが出来る.

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Fワシントン・モール

アメリカのほとんどの都市は,グリッドで構成されている.様々な文化的背景を持つ人々の集まるアメリカは言わずと知れた契約社会であるが,都市においても誰が来てもわかるようなシステマティックな構造になっている.歴史的過程の中で徐々に築かれてきたヨーロッパの都市と違い,開拓精神の中で無から有を造ることが出来たアメリカ都市の特徴であろう.

合衆国の政治を司るワシントンDCの都市の基本構造は19世紀にランファンによって計画された.小高い丘の上の国会議事堂とリンカーン・メモリアルを東西に配置し,それらをモールと呼ばれる約5kmのグリーンベルトで結んでいる.モールの中には169mのモニュメントがそびえ立ち,ホワイトハウスとジェファーソン・メモリアルを結ぶ南北軸の中心となっている.モールは都市全体に秩序を与える都市軸を形成し,ワシントンDCを象徴するランドマークとして親しまれている.

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Gインナー・ハーバー

インナー・ハーバーはボルチモアの新しい顔として数年前に生まれた.このウォーターフロントエリアには,水族館,科学センター,ベースボールスタジアム,フットボールスタジアムが立地し,レストランなどが立ち並び,シーフードを楽しむことが出来る.ウォーターフロントは,サンフランシスコのフィッシャーマンズ・ワーフやアトランティック・シティのボードウォークなどが有名だが,福岡のベイサイドプレイス博多,横浜八景島シーパラダイス,臨海副都心など,最近は日本でも多く見られるようになった.

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Hウィンター・ガーデン

人が集まる屋外広場では,数々の物語が生まれたことであろう.しかし,それらは天候に大きく左右される.「もし雨の心配をしなくていい広場があったら…」それは人類にとって長年の夢だったかも知れない.やがて人間はガラスを発明し,空調技術等を向上させることにより,自然光や緑に溢れる屋外の快適性を残したまま,暑さ,寒さ,雨などネガティブな要素を排除した空間をつくることに成功した.ニューヨークのワールド・ファイナンシャル・センターにあるガラスのアトリウム,ウィンター・ガーデンはその典型である.

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I皇后像広場

原宿の歩行者天国,買物客で賑わう繁華街,道路を占拠するデモなど,社会的情勢,文化の違いにより同じ公共空間でも様々な様相を帯びている.香港中環地区の香港上海銀行の前に皇后像広場というものがある.ある日曜日にそこを訪れると何千人というフィリピン人が集まっていた.一瞬異様なものを感じたが,皆サンドウィッチや弁当を食べながら,楽しそうにしている.何かイベントがあるのかと思い,ある女性に尋ねてみたところ,彼女達は香港に出稼ぎに来ており,主にハウスキーパーとして働いているのだが,普段は外に出られないので,日曜日にここに集まり,友達と一日中おしゃべりをしているということだった.日本でも数年前に上野公園に外国人が集まっていたのを思い出した.

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Jアバディーン

香港島の南西部にアバディーンという水上生活者の街がある.最近は周辺の高層マンションの開発により,水上生活者は徐々に減少しているらしい.船の中では老人が蒲団に入りテレビを見ている.船の上では洗濯物が太陽を浴び,犬が甲板を駆け巡る.周りを見渡せば,消防船がパトロールをし,岸辺にはガソリンスタンドがある.彼らにとって公共空間とは水の上であり,そこには水上ならではの公共のルールがあり,陸上では考えられない独特の文化をつくっている.

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Kキャナルシティ博多

日本に目を移そう.第四次全国総合開発計画に含まれていた核都市構想などから80年代後半には各地で大規模な再開発が行われた.それらの大半は現在も進行している.またバブル前夜には,スキー場やゴルフ場などのリゾート開発や各種のテーママーク建設が行われた.しかし,その大半は予想を下回る来場者数に伸び悩んでいる.1996年にオープンしたキャナルシティ博多はアジアから日本への玄関口福岡という立地条件も手伝ってか,来場者数は順調に伸びているそうである.全体に流れる人口運河は既存の河川や博多湾、施設外の周辺環境とつながっており,太陽をモチーフとした広場では、様々なイベントが繰り広げられている.またナムジュン・パイクを始めとするアーティスト達により,光,水,モニュメントなどの環境が演出されている.

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L陶板名画の庭

京都の北山通りに「陶板名画の庭」と呼ばれる屋外ギャラリーがある.陶板を用いて再現された名画が,安藤忠雄のコンクリートと水環境の中で佇んでいる.中でも目を見張るのが水中に咲くモネの「睡蓮」と奥の広場にあるミケランジェロの「最後の審判」である.ウィンター・ガーデンで見られたように,ガラスと空調技術が屋外環境を室内に閉じ込めたのに対し,陶板は美術館に閉じ込められていた絵画を屋外に解き放ったのである.

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M東池袋ポケットパーク

広場,河原などのオープンスペースは災害時には延焼防止,避難所,駐車場など様々な用途として使うことが出来るため,リダンダンシーに富んだ公共空間を多くつくることは防災都市計画上有効な手段となる.しかしながらオープンスペースを確保することは,財政的に重い負担がかかり,時間もかかるため現実的には難しい.東京の東池袋地区は木造建築物が密集しているため,火災危険度が高い地区とされている.ここでは少しでも街の防災力を向上させようと住民と行政とが連携し,防災ポケットパークづくりに取り組んでいる.大きなオープンスペースを確保するのは難しいため,取得しやすい土地から行政が購入し,その土地を住民がポケットパークとして管理しているのである.各ポケットパークのコンセプトは住民らがアイデアを出し合った結果決定され,その中には「モーモー広場」,「四季の花広場」などユニークなものが多くある.

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ここでは世界にあるいくつかの公共空間を断片的に見てきた.それぞれ,文化的背景,歴史的背景,成立過程,社会情勢,規模,目的などによっていろいろな使われ方がされており,多種多様である.次章では日本と欧米の風土による公共文化の違いについて考えていきたい.


3.能動的公共文化と受動的公共文化


ヨーロッパ文明はチグリス・ユーフラテス,エジプト,ギリシャ,ローマを源泉とする.乾燥したこれらの地域の建築物は煉瓦や石を用いて造られた.煉瓦や石を積み上げて造りあげる建築物は,壁に囲まれた私有性の高い個の空間をつくる.住宅内に私的空間を獲得することにより,他人とのコミュニケーションを外に求めた結果,人々の共通言語として広場の概念を生み出した.そのような欧米の文化を仮に能動的公共文化と呼ぼう.

一方,季節ごとの変化に富み,雨量の多い国土を持つ日本では,建築物の主要な材料として木を用いてきた.木で作られた空間は基本的に柱と梁によって成立するラーメン構造であり,部屋は襖,障子という可動式の壁によって仕切られる.そのようにして造られた空間は,ある時は寝室,ある時は障子を取り外し宴会場として使用されるなど順応性のあるものであった.その反面,個室という私的な空間を獲得しがたく,家族あるいは近隣という小社会の公共性が家の中に強く取り込まれ,公共のための空間を外に求める必要がなかった.また公共の場に出たときも個を育む空間が住宅内になかったため,自己に対する確固たるものがなく,協調性は生まれたが,個性を尊重して初めて成り立つ公共空間でのルール,過ごし方がうまく浸透しなかったのではないだろうか.これらを欧米の能動的公共文化に対して,受動的公共文化と呼ぼう.

欧米の都市の通りには必ずと言っていいほど名前がついており,広場もサークルやスクエアという名称を見てもわかるとおり幾何学的な形態が多い.能動的公共文化を持つ欧米では公共空間を図としてとらえてきたのである.一方,日本では場合名前のついていない通りは少なくなく,また自然発生的に生まれた空間を広場として使っている.受動的公共空間を持つ日本では一部の社寺の境内等を除き,公共空間を建物の余白空間としてしかとらえてこなかったのではないだろうか.

風土から見た公共性の違いというこれらの比較は著者の拙論であり,大した根拠があるわけではない.しかし,日本の受動的な公共文化はルース・ベネディクトの言う「恥の文化」にも通ずるし,一理あるのではないかと思っている.


4.公共空間の意義


最近は日本でもオープンエアのレストランやウォーターフロントなど外部で楽しめる公共空間が増えてきが,そこには公共空間と積極的に関わっていこうという動きが読み取れる.個人的見解かも知れないが,今後日本は公共空間の充実だけでなく,前章で述べた受動的公共文化を能動的公共文化へとさらに変えていく必要があると思う.本章では公共空間の意義について考えてみたい.

まず公共空間は人の目に触れるため都市の印象に大きく影響する.魅力的な公共空間は都市のシンボルとなり,都市のアイデンティティをつくりだす.魅力的な公共空間を持つ都市には世界中から人が集まり,その都市に住む人々はその都市に対して誇りを持ち,他の都市の人々と接することが出来る.真の国際化とは自分の都市を誇りに思うところから始まるのではないだろうか.魅力的な公共空間とは,そこにいつも人が集まり,ハプニングを含む都市での様々な出来事が発生し,それらを体験出来る場所である.それは道かも知れない.公園かも知れない.道にしろ,公園にしろ,水辺にしろそれぞれの特性を生かして魅力的な空間をつくることが可能である.それらは時として中洲の屋台や下町の路地裏のように自然発生的に生まれることがある.そこが人々に使われ親しまれ,愛されるのは,その場に人間の育ててきた温もりや湿り気のようなものがあるからである.もし行政が巨大なプロジェクトとして公共の場を再開発するならば,ポストカードとなるような景観の美しい公共空間を多くつくるべきであろう.ただし,そこを利用する人々によって自由に創られていく「あそび」の部分を考えておく必要がある.このあそびの空間がないと,人の温もりの感じられない巨大な白いコンクリートの無機質で漂白された空間になってしまい,経済の停滞とともに使われなくなり巨大なスラムと化してしまう.

次にあげたいのは,公共空間は社会における教育の場であるということである.かつては地域にはガキ大将がいて,子分を引き連れていた.そういう仲間との付き合いの中でリーダーシップをとる責任感や喧嘩で殴り合うことの痛みを自然に学んできた.また近所の老人たちと子供たちが公共空間で接することで,学校では学べない様々なことを学ぶことが出来た.最近は子供が安心して遊ぶことができ,大人達から学ぶ場所がなくなってきている.低年齢層による凶悪犯罪などが増えているが,それらは学校という箱でしか子供たちに教えられなくなった社会の歪みと言えないだろうか.若者だけでなく子供から大人まで安心して過ごせる魅力的な公共空間をつくり,皆が本を読み,遊び,語り,共通の体験をする都市の居間として過ごすようになれば,社会も変わっていくであろう.

 

美しい景観,都市のシンボル,国際化の中での都市のアイデンティティ,都市基盤の設営,防災上のオープンスペース,延焼遮断帯,コミュニティの拠点,社会教育の場,地球環境保全,緑地帯など21世紀の都市にとって,公共空間は重要な意味を持っている.

コンピュータがさらに普及し,地球上を覆うネットワーク化された電脳空間が拡張し,ヴァーチャルな疑似体験をする世界は,今後ますます勢力を増すであろう.しかし人間が人間である限り,身体性を拒否することはできない.人間は物的な空間を通して世界を認識するのである.脳の働きと身体の運動量とのバランスが崩れた時,どこかに必ず歪みが生じるであろう.テキスト,視覚,聴覚で構成されたネットワーク空間が発達するにつれて,物性,味覚,温もりというものを社会の中で体験することの出来る公共空間の意義は今後ますます重要になってくるであろう.

2002年まであとわずかである.アジアで初めて開催されるワールドカップを見に,世界中のサポーターが日本の各都市にやって来る.日本人が世界に対しどのような公共空間と公共性を披露し,各国の人々とどのような物語をつくりだすのか楽しみである.