兵庫県南部地震の実被害データに基づく建物被害評価に関する研究

Study on Building Damage Estimation based on the Actual Data due to the 1995 Hyogoken Nanbu Earthquake

村尾修学位論文 東京大学,1999.11


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論文要旨


本論文では,兵庫県南部地震により被害を受けた建物データを用いて,建物被害評価に関する研究を行い,かつ防災環境都市デザイン手法MUSE(The Method of Urban Safety Analysis and Environmental Design)を提案し,本研究成果を用いた防災的観点からの将来的な都市ビジョンを示した.

各自治体で所有している建物データを用いて, 地域の建物倒壊危険度を評価し,建物被害推定等を行うことは,都市の防災対策をする上で極めて重要である.本研究ではそれらに必要な建物被害関数および建物倒壊危険度評価法を構築するために図-1(省略)に示すような過程で検討を行った.

まず,本研究で主として用いた神戸市の建物被害データの位置付けを明確にするため, 兵庫県南部地震におけるいくつかの建物被害調査を比較検討し,問題点を浮き彫りにし,今後大地震が発生した時にそれらの問題点が解消されるような調査票を提案した.また調査法が異なる場合の建物被害評価変換法を提案した.そして神戸市の建物被害データを用いて兵庫県南部地震による建物被害を分析し,建物構造や建築年代によって異なる建物被害の傾向を明らかにした.次に,地震動観測記録が限られていたために不充分であった兵庫県南部地震における地震動分布を,上記建物被害データと微地形分類を用いて詳細に推定し,構造・建築年代別の建物被害関数を構築した.さらにこの被害関数を基にして信頼性解析を用いた建物倒壊危険度評価法を提案した.最後に本研究の成果である建物被害関数や建物倒壊危険度評価法等を都市デザインに適用するために,防災環境都市デザイン手法MUSE(The Method of Urban Safety Analysis and Environmental Design)を提案した.

以下に本研究の成果を要約して示す.

 

第1章では,兵庫県南部地震の概要を含む本研究の背景を述べ,本研究の目的と位置付けを示した.次に,建物被害調査法,建物被害分析,兵庫県南部地震における地震動分布推定,建物被害関数,建物被害想定および危険度評価,そして都市デザインと防災都市計画など本研究に関連した各項目に関する既往の研究について概観した.最後に本研究の構成と内容を説明した.

第2章では,自治体という公的な立場からの建物被害評価法を提案するために,兵庫県南部地震後に実施された建物被害調査の内容を整理・分析した.各自治体で行われた調査は国の統一基準に基づいてはいるが,大災害を想定した調査法が確立されていなかったため,自治体ごとに調査内容が異なり,同じ判定結果であっても「全壊」や「半壊」等の用語の定義が異なることが分かった.また自治体による調査は学会等による調査とは異なり,建物内部も考慮したものであり,判定結果に大きな影響を与えていた.さらに自治体による調査は建物を資産価値として評価するという趣旨で行われるため,建築コストとの比較も行った.以上の結果をふまえ,資産価値を評価する自治体という公的な立場からの建物被害調査票を提案した.

第3章では,兵庫県南部地震で被害を受けた芦屋市の約12,000棟の建物を対象として,自治体と震災復興都市づくり特別委員会(以下,震特委員会)による建物被害調査の判定結果を比較した.その結果,全体としては芦屋市の全壊判定は震特委員会調査の中破以上,芦屋市の全半壊判定は震特委員会の軽微な損傷以上にほぼ等しいことがわかった.また判定結果と推定地震動との関係を調べた結果,地震動の大きさが2調査による被害判定結果の違いに影響を与えていることがわかった.以上の分析により,自治体による資産的評価を重視した建物被害調査の判定結果を,震特委員会の調査に基づく被害判定へと変換する評価法を提案した.

第4章では灘区における建物被害のマクロ分析を行った.その結果,構造別の全半壊率はレンガ造が最も高く,続いて木造,鉄骨鉄筋コンクリート造,鉄骨造,軽量鉄骨造,コンクリートブロック造,鉄筋コンクリート造の順であった.各構造ごとの建築年代および建築年別の被害率は,どの構造においても,一部の例外を除いて建築年代が新しいほど小さくなる傾向が見られた.また耐震基準の改正による影響も見られた.建物の階数別の被害分析では,鉄骨造,鉄筋コンクリート造とも高層になるほど被害率が高かった.木造建物の屋根別の被害は,どの建築年代においても重量の大きい瓦葺きが最も大きく,軽いスレート葺きが最も小さかった.GISを用いた灘区の建物被害分析を行った結果,どの構造においても,全壊率の高い地域はいわゆる「震災の帯」上に広がっているという傾向が確認された.また全壊率の高い地域で死者発生率も高いという傾向が見られた.木造建物の被害率と微地形(土地条件)との関係を調べた結果,台地・段丘上では上位面,低位面,浅い谷の順に,また沖積低地においては扇状地,緩扇状地,海岸平野・三角州の順に,木造建物の全半壊率(とくに全壊率)が大きかった.このことから表層の地盤条件の違いが建物の全半壊率に大きく影響していることが窺われた.

第5章では,兵庫県南部地震後に震特委員会等が調査を行い,建設省建築研究所がまとめた建物被害データを用いて推定した地震動分布と,神戸市により実施された調査に基づく建物被害データを用いて,構造・建築年代を考慮した建物被害関数を求めた.この被害関数を用いて,灘区における地震動分布を再推定した.木造建物の建築年代ごとの被害関数から推定された地震動を比較検討することにより,建築年代ごとの棟数分布が地域によって異なることの影響を取り除くことができ,町丁目ごとの微地形も考慮した精度の高い地震動を推定することができた.

第6章では,神戸市によって実施された兵庫県南部地震による灘区の建物被害データと,第5章で推定した詳細な地震動分布を用いて,構造別および建築年代別の建物被害関数を構築した.

構築された構造別の建物被害関数では,木造の被害は小さい地震動から発生し始め,かつどの最大速度値においても他の構造に比べて被害率が高くなるのに対し,RC造は高い地震動になっても被害率が低かった.また建築年代別では,木造以外の全てにおいて古い建物ほど小さい地震動で被害率が上がり始め,それぞれの地震動においても新しい建物より高い被害率を示した.これらと同様の傾向は,第4章の建物被害分析の結果からも見られた.木造に関しては,基本的にそれぞれのPGVにおいて古いものほど高く,新しいものほど低い被害率となっていたが,古い3曲線は120 cm/sを超えたあたりからほとんど重なってしまっていた.また,本章の中で詳細な地震動分布を用いて構築された建物被害関数と,第4章で構築した建物被害関数とを町丁目ごとの実被害を用いて比較した.その結果,本章により,建物被害関数の精度が向上したことが確認された.

第7章では,東京都の建物倒壊危険度の手法を神戸市灘区に適用して,兵庫県南部地震による建物被害との比較を行った.その結果,建物棟数密度が大きく建物倒壊危険率に影響していることがわかった.次に,地域の被災ポテンシャルを表す指標は,その地域での地盤条件を含めた建物倒壊の危険率であると考え,建物倒壊の危険度を地震発生時の全壊率に対応する指標として,信頼性解析に基づく評価式を構築した.ここで提案した新建物倒壊危険度は,ある地域の建物存在比率と建物および地盤から決定されるマトリクスタイプの危険性ウェイトから求められるもので,灘区の実被害と比較した結果,強い相関が確認された.この評価式を用いて各地域の地域特性を含んだ新建物倒壊危険度を算定することができる.最後にここで提案した評価式を用いて東京都の新建物倒壊危険度を評価した.その結果,東京都の方法では支配的要因であった建物棟数密度の影響を取り除き,建物強度や地盤の影響を考慮した新建物倒壊危険度を評価することができた.

第8章では,Lynch, Kevinの「都市のイメージ」という考え方を参考にして,都市を生態的に見たてて,21世紀に向けた防災的・環境的な観点からの都市解析およびデザイン手法(図-2:省略)を提案した.この手法を防災環境都市デザイン手法MUSE(The Method of Urban Safety Analysis and Environmental Design)と名づけた.MUSEとは,ある都市をひとつの閉じた有機的な系に見立て,8種の物的要素に分類し,都市の様相を可視化することにより,それぞれの要素あるいは要素間相互の関係性から都市を解析し,設計およびシミュレートするための手法である.この8種の要素は「T 主体」,「U 形態要素」,「V ウェブ」,「W 自然」の4種に大きく分類され,「U 形態要素」はさらに5つの要素(パス,エッジ,セル,ヴォイド,コア)に分類される.またひとつの地域を仮想的に閉ざすために準要素として「仮想壁」を想定している.この手法を用いた将来的なビジョンを描いた.

第9章では,本研究の全体内容を統括し,本研究で得られた成果を要約した.



論文目次


  1. 序論
    1. 研究の目的と位置付け
    2. 既往の研究の概要
    3. 論文の構成と内容
  2. 兵庫県南部地震における建物被害調査の比較検討
    1. はじめに
    2. 兵庫県南部地震後の建物被害調査の概要と問題点
    3. 建物被害調査の比較
    4. 建物被害判定の比較
    5. 自治体による建物被害調査と建築コストとの比較
    6. 建物被害調査票の提案
    7. まとめ
  3. 調査法が異なる場合の建物被害評価変換法
    1. はじめに
    2. 芦屋市における建物被害判定結果の比較
    3. 建物被害判定ごとの被害率曲線の比較と評価変換法
    4. まとめ
  4. 灘区における建物被害のマクロ分析
    1. はじめに
    2. 灘区の概要
    3. 灘区の建物被害データ
    4. 建物被害のマクロ分析
    5. GISを用いた建物被害分析
    6. まとめ
  5. 兵庫県南部地震における灘区の地震動分布の推定
    1. はじめに
    2. 建築研究所データを用いた地震動分布推定の概要
    3. 自治体の建物被害調査に基づく灘区の建物被害関数
    4. 灘区における地震動分布の再推定
    5. まとめ
  6. 構造別・建築年代別を考慮した建物被害関数
    1. はじめに
    2. 自治体の建物被害調査に基づく灘区の建物被害関数
    3. 建物被害関数による推定値と実被害との比較
    4. まとめ
  7. 実被害データに基づく建物倒壊危険度評価法の提案
    1. はじめに
    2. 東京都の建物倒壊危険度
    3. 東京都の方法による灘区の建物倒壊危険度と実被害との比較
    4. 実被害データに基づく新建物倒壊危険度評価法の提案
    5. 汎用ウェイトの設定手法
    6. 新危険度評価法による東京都の建物倒壊危険度
    7. まとめ
  8. 防災環境都市デザインのビジョン
    1. はじめに
    2. 都市のイメージ
    3. 生態的都市論
    4. 防災環境都市デザイン手法MUSEの提案
    5. 防災環境都市デザイン手法MUSE のイメージ
    6. まとめ
  9. 結論

参考文献

付録1:建物被害調査票

付録2:灘区の町丁目データ

英語論文

Vulnerability Functions for Japanese Buildings based on Damage Data due to the 1995 Kobe Earthquake

Risk Evaluation Method of Building Collapse from the Experience of the Kobe Earthquake

Use of GIS for the Method of Urban Safety Analysis and Environmental design

謝辞


博士論文PDFファイル