26cubes as Urban Metaphor 1994



都市の26のメタファー達

26CUBES as URBAN METAPHOR at HARUMI

村尾 修



◇拝啓 川向正人様

去る6月11日に建築学会会館で行われた建築家とのワークショップ発表会の際、裏リーグの都市の26のメタファー達を発表する機会を与えていただき有難うございました。建築家とのワークショップ選考に漏れた26人によるこの作品は、裏であることの気楽さといくつものハードル(場所・予算…etc.)を越えなければいけないというゲーム性を兼備えた試みでした。なかなかの好評に気を良くした裏リーグはより多くの方々に見ていただきたく、晴海の国際展示場内の小さなスペースを借りて再び発表する機会を得たのです。さらにポートフォリオとして残そうと伊豆下田へと撮影のため合宿を行いました。

◇拝啓 妹島和世様

方法論をもう一度説明させてください。裏リーグがまず最初にクリアしなければならなかったハードルは場所がないということでした。さらに作品をワークショップの発表に持ち込むこと自体が問題でした。結局各自で持ち込めるようなユニットを作り、取っ手をつけることで解決しました。注意されたら「これはバッグです。」と言えばすむことですから。次にどのようなユニットを作るかが問われたのですが、人数構成が26であること、アルファベットも26であること、さらに3×3×3の立方体の中心を除くと26のキューブとなることから都市の26のメタファー達が生まれました。次に26の要素の説明に入らせていただきます。大きな立方体の4つの側面に形態、現象、意味、時間、上の面には図、下の面には地という意味を与えます。そして任意に抽出した都市を構成している言葉を26の立方体に当てはめ、各自が1つのキューブを制作することで話はまとまったのです。以下に26のメタファーを紹介します。ARCHITECTURE(建築) BODY(身体) COMPOSITION(構成) DESIRE(欲望) EXISTENCE(存在) FIGURE(図) GROUND(地) HISTORY(歴史) INFORMATION(情報) JOY(喜び) KITSCH(通俗的) LOVE(愛) MEANING(意味) NATURE(自然) ORDER(秩序) PHENOMENON(現象) QUIET(静寂) ROUTINE(日課) SHAPE(形) TIME (時)UNIT (部分)VANITY(虚無)WHY(なぜ) X( X) YOURSELF(あなた自身) Z( Z)

◇拝啓 小嶋一浩様

9月11日(日)、国際貿易センター内の小さなスペースを借りて展示会を行いました。会場内には建築関係者以外のたくさんの方々が訪れ、観賞して下さいました。伊豆で撮影したスライドをいつまでも見ているアーティスト、不思議な顔をしてキューブを覗き込むおばさんなど様々な反応を示していましたが、特に驚きだったのは作品を売ってくれという方が現われたことです。さて、あなたのお気に入りだった黄色い KITSCHですが会場内でも音をたてて騒いでいました。電池が切れて、静まり返っているときは人の入りが悪く、ガシャガシャ騒いでいる時は人が集まって来るのです。まさしく KITSCHの役割をしていたと言えましょう。

◇拝啓 内藤廣様

ご無沙汰しております。あなたにふられて結成した裏リーグでしたが大変お世話になりました。27個目のキューブも完成し、晴海も無事終了しました。この度、次なるプロジェクトを懐にSTUDIO EX-を設立しました。小さな建築を計画中です。

 それでは皆様、お元気で          かしこ

むらお おさむ 横浜国立大学博士課程 STUDIO EX-



裏リーグの舞台裏

ロンドンやフィレンツエでアーキグラム、アーキズーム、スーパースタジオなどの若き建築家集団が結成された1960年代、わが国は高度経済成長の真只中にあり都市の中には湿った影の部分がまだまだたくさんあったように思う。30年後の現代、きれいに管理され成熟した東京の日常の波に逆らうことは一層のエネルギーが必要である。

5月22日Aリーグのメンバー選考会の後、任意に集まった20数名の学生達によって企画された都市の26のメタファー達はまさにそれなりのエネルギーを要した。「何かを創りたい!」ただそれだけが共通項である20数名の学生達には学会主催のワークショップに参加するという大義名分も、社会に対して何かを発しなければいけないという義務もなく、組織の必然的な存在意義など持ち合わせていなかった。そんな中、「こうして集まったのも何かの縁、色々やっていきましょう。」と無責任な会話は続き、「とりあえずAリーグのプレゼンテーションに標準を合わし、学会の中庭を拝借して何か大きなモノを創りましょう。」と学会を無視した壮大な構想のもと話が進んだ。それが難しいということがわかったのはその数日後。意気消沈する暇もなく、何かいけないことをしているのではないかという、地下室で火炎瓶を仕掛けているゲリラのような快感に包まれながら、我々の団結は強まるのだった。「クリエイターである建築家は場所を創らなくてはいけない。」と誰かが言い出し、結局携帯可能なユニット式の作品を創ることとなった。

ユニットは組み換え可能、携帯可能になるよう400ミリ角の立方体とし、3×3×3の大立方体を完成形と見立てた。中心を除く26個の立方体と組織の人数とアルファベットの数が一致したことから、各ユニットにAからZまでの文字を使った都市のメタファーとしての意味づけを与え、各自で自分の持分を作品として表現した。

学校も違う、知り合って間もない26人の間でかなり密度の高い議論が武蔵工大製図室で数回に渡って繰り返され、様々な意見の中から妥協点を見つけ、方向性が見えてくるまでに約1週間を要した。話し合いが進む中で当日の服装や作品をからめての街頭でのパフォーマンスなど、ヴィジョンは膨らむばかりだったが、製作は予想以上に時間がかかり、必ずしも順調とはいえず、当日の朝までかかってしまった。

「与えられたことをやる」ということに我々は慣れてしまっている。例えば大学受験のときなど受験産業など目に見えない管理された格子のなかで情報のシャワーを浴びて、どんな勉強をすれば大学に入れるか高校あるいは予備校などで教えを受ける。大学を出て、大学院に入り、就職活動をしたあと、それなりの企業に入社する。予定調和的にものごとが進む中で現状を打破したい。インディ・ジョーンズのように何が起こるかわからない情況に身を置いてみたいという欲求は誰もが少なからず持っていると思う。学会主催のワークショップに申し込み、あわよくば3人の建築家と作品を創る機会を与えられる。だめだったら、家に帰って昨日と同じ自分に戻る。そんな流れを変えてみたかった。しかし、一人でそれをやるにはなかなか難しいだろう。一人で作品を持ってきて建築家に見てもらえただろうか。「赤信号みんなで渡れば怖くない」まさに人数が集まったことでまわりの人達から注目してもらえ、その緊張感からそれなりの成果が生まれたのは言うまでもない。今回のゲリラ的な自主企画によって我々はジャンプを成し遂げた。次はこのジャンプがどこまで距離を伸ばせるか、ポートフォリオ、VTR、次なる企画を構想中である。

 

横浜国立大学大学院   村尾 修

(建築文化1994年11月号より)

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